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東京地方裁判所 昭和43年(モ)14402号 判決 1968年8月09日

申立人(債務者) 小林一彦

右訴訟代理人弁護士 橘喬

同 神毅

被申立人(債権者) 株式会社 いつみ荘

右代表者代表取締役 野村義章

右訴訟代理人弁護士 小林不二雄

主文

東京地方裁判所が昭和四三年六月一一日同裁判所が昭和四三年(ヨ)第五九五七号不動産仮処分申請事件についてした仮処分命令は、申立人において金六〇〇、〇〇〇円の保証を立てることを条件として、これを取り消す。

訴訟費用は被申立人の負担とする。

この判決は、第一項に限り、仮に執行できる。

事実

第一、当事者の申立

申立人は主文同旨の判決を求め、被申立人は「本件申立を棄却する。訴訟費用は申立人の負担とする。」との判決を求めた。

第二、申立人の主張

1  被申立人の申請により、東京地方裁判所は、主文に記載の日に同じく記載の決定をもって、申立人に対し、その所有名義の別紙目録の不動産(以下本件土地という)につき譲渡その他一切の処分を禁止する旨を命じた。

2  被申立人の右仮処分申請の理由の要旨は、「被申立人は、申請外日本不動産株式会社(以下日本不動産という)に対し、九〇万円の手形法上の利得償還請求権を有する。申立人は、日本不動産から昭和四三年五月三一日付で本件土地の所有権移転登記を受けたのであるが、右登記の原因である右両名間の合意は、右両名が通謀してなした虚偽の意思表示であるか、或いは被申立人に対する関係で詐害行為に該当する。よって被申立人は申立人に対し、日本不動産に代位して或いは詐害行為取消により右登記の抹消を求めて出訴の準備中であり、かつ、保全の必要性がある。」というにある。

3  申立人は、被申立人の右仮処分申請理由中、被申立人の債権の存在、本件登記が通謀虚偽表示ないしは詐害行為によるものであるとの点はすべて否認するが、その点はしばらく措き、本件仮処分命令には以下に述べる特別事情がある。

(1)  被申立人主張の債権が仮に存在するとしても、それは単なる金銭債権にすぎず、その不履行による損害は金銭をもって補償できる性質のものである。

(2)  のみならず、右仮処分は申立人に著しい損害を蒙らせる。すなわち、

(イ) 申立人は、昭和四三年五月三〇日、日本不動産より本件土地を含む八筆の土地合計四五八坪七合八勺、実測四三三坪四合六勺を登記上阻害ない物件として代金一、四〇〇万円で買受け、同年六月一七日右八筆の土地を申請外平山シズ(以下平山という)に代金一、六〇〇万円、買主はその内金四五〇万円を手付金として売主に即時支払うこと、売主は同年八月末日までに買主又は買主の指定する者に完全な所有権の移転登記をすること、売主が右義務に違反したときは買主は催告なしに右契約を解除することができ、その場合は売主は買主に受領ずみの手付金の倍額を支払うことなどの定めで売り渡した。そして、申立人はその後に本件仮処分の存在を知った。

(ロ) 本件土地の形状は、前記八筆の土地が全体として構成する長方形を三個に分割するY字形をなし、本件仮処分により、申立人としてはこれに数倍する右買受土地全体(一四三二、四六平方メートル)の処分権を事実上奪われることになり、不動産を商品とする土地売買業者として被る財産上の損害は莫大である。特に、前記(イ)の売買契約の義務を履行できないことにより、得べかりし利益金二〇〇万円を失うのみならず違約金四五〇万円の支払義務を負担する結果となり、申立人は近々二週間内に手形不渡を出し、倒産を免れない。

(3)  以上のとおりであるから、保証の提供を条件として本件仮処分の取消を求める。

第三、被申立人の主張

1  申立人主張の1の事実は認める。

2  同2の事実も認める。

3  同3の事実中、本件仮処分に特別事情があるとの点は否認する。

申立人主張の平山との売買契約は、本件申立の理由を造り出すため両者が通謀してなした虚偽のものである。仮にそうではないとしても、申立人が本件土地の買主と称する平山は、申立人の事務所に住民登録をし、申立人と同居し申立人の事務所に居住してお茶汲みをしており、申立人と離婚後も同様の関係にある女性で、経済的実質的には申立人と同一であるから、申立人の主張する特別損害は実質的には損害とならず、これをもって特別事情とすることはできない。

また、申立人主張の八筆の土地中五筆は農地であるところ、その売買は都知事の許可を受けていないから無効である。従って、農地に関しては損害発生の余地はない。他の二筆については申立人は履行可能であるから損害は発生しない。結局本件土地のみが履行不能となるが、これは仮処分の当然の効果であるから特別損害ではない。

第四、立証≪省略≫

理由

申立人主張の1と2の事実は当事者間に争いがない。してみると、本件仮処分の被保全権利は被申立人の日本不動産に対する金九〇万円の利得償還請求権に基づく債権者取消権であるから、右被保全権利の性質上、金銭的補償によってその終局的目的を達しうるものとして、民事訴訟法七五九条の特別事情ありと言うべきである。

なお、その余の申立人の特別事情の主張事実はこれを認めるに足る資料はない。

そこで、本件仮処分の特別事情による取消に際し、申立人に提供を命じるべき保証額についてであるが、本件土地の時価が被申立人の金銭債権九〇万円を超えることは弁論の全趣旨から明かであるから、被申立人は、もし本件土地売買の取消を求める本案訴訟においてその勝訴判決が確定するならば本件土地より右九〇万円の弁済を優にしかも確実に受け得るところ、本件仮処分取消により申立人が本件土地を処分するときは、被申立人は申立人に対し本件土地の返還請求権が転化した損害賠償請求権を有するとは言え、申立人が任意弁済をせず本件土地以外に適確な責任財産を有しない場合は完済を受けられないこととなるから、結局、被申立人は本件仮処分取消により損害を被るおそれがあり、そして、弁論の全趣旨によると、申立人は本件土地の外格別の資産を有せずしかも現在その転売を計っていることが認められるから、右の損害を被る可能性は相当強度と言わなければならない。他面、疎明をもって足る以上仮処分が発されていても被保全権利が不存在のときもありうるし、そのようなときは仮処分取消により債権者に損害は発生しない訳であって、したがって被保全権利が疎明されたにすぎないときは証明されたときに比べ損害発生の蓋然性も少いと考えられ、これらのこと、その他諸般の事情を考え合せると、本件仮処分は申立人が金六〇〇、〇〇〇円の保証を供するときはこれを取消すべきである。

よって、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 野田殷稔)

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